真珠の養殖は、中国では11世紀頃からすでに行われていたと言われるほど、歴史が古いものです。
日本においては、1893年に、英虞湾神明浦で御木本幸吉が箕作佳吉の指導を受け、アコヤガイの半円真珠の養殖に成功し、12年後の1905年に、英虞湾の多徳島で真円の真珠の養殖に成功しました。
真珠養殖の発明者と言えば、御木本幸吉の次女の夫である西川藤吉、見瀬辰平の二人が上げられます。
見瀬辰平が、真円真珠に関しての特許権を獲得し、その後、西川藤吉が、真円真珠養殖に関しての特許を出願するのですが、一部が見瀬辰平の特許権を侵害するとして、争いが起こりました。
調停の結果、特許を西川籐吉の名義で登録して、共用することになったのですが、この特許技術は、「Mise-Nishikawa Method」と呼ばれ、今も国内外で広く利用されています。
日本においては、三重県の英虞湾、愛媛県の宇和海、長崎県の対馬などで養殖が行われるようになりました。
日本の真珠養殖がはじまってから、約100年が経過しましたが、湾の富栄養化や、ウイルスの感染症によるアコヤガイの大量死、真珠を摘出した後の貝の廃棄などの問題から、日本では、アコヤ真珠の養殖による生産量は、残念ながら低下の一途を辿っているようです。
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